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タイムアウトニューヨークが紹介するセントラルパークのあまり知られていない“秘密”。

1. 200年以上前のボルトが残っている。

セントラルパークには大きな金属ボルトが突き出た岩がある。どんな物語があるかというと...。これはニューヨークが最初に碁盤の目に整備されたプロジェクト「1811年委員会計画」のために行われた最初の調査用ボルトのひとつであると考えられている。これらのボルトは2つの通りが交差するポイントにマークとして付けられているは、ニューヨーク全体をみても、このようになっている場所はここだけである。後にセントラルパークが計画に追加されたため、ボルトが今でも残っている。(そして、都市伝説はつづく)。

2. 街灯で自分の居場所を確認できる。

こうすればいい。セントラルパークの街灯のそれぞれには、4桁の数字が記載されている。最初の2桁は最も近いストリート(東西に通る道の数字)を示し、最後の2桁では東西を示している。奇数は西で、偶数は東だ。簡単だろう。

Flickr/creativecommons/IslesPunkFan

3. 崩壊した古い酒場の跡がある。

105丁目のコンサバトリー・ガーデンの裏には、100年前の荒廃した石構造の残骸がある。1915年に閉鎖されたマクグロウンズ・パス・タバーンにちなみ、今は、マクグロウンズ・パスと呼ばれている。その前には、1845年に建てられたセント・ヴィンセント・アカデミーがあったが、ホテル、レストラン、博物館へと転用され、元の建物は、1881年の火災でほとんど破壊されてしまった。今、セントラル・パーク管理委員会では、この一帯を堆肥を作る山として使っている。

4. シェイクスピア・ガーデンの植物はすべてシェイクスピア作品に登場したもの。

79丁目近くの公園西側にあるシェイクスピア・ガーデンは、美しい植物が4エーカーに渡って広がる土地だ。セントラルパークで行われているシェイクスピア劇のチケットを取れなかった場合に訪れるのにぴったりだろう。この場所で栽培されている植物は、シェイクスピアの作品のどこかに言及されてものだ。ほとんど植物の案内札に、引用箇所が書かているので確認するといいだろう。シェイクスピア作品で読んだ通りのバラにも出会える。

5. 道が曲がっているのは、馬車レースをさせないため。

馬車はニューヨークではよく論争の的になる話題だが、19世紀のニューヨークでは、馬車が動き回るための唯一の方法だった。1850年代、セントラルパークを通る道は、馬車がレースをするのを防ぐために意図的なカーブをつけて設計された。ヴィン・ディーゼル主演の映画の企画があったとしても、セントラルパークでは、馬車を引きずってしまうだけになるだろう。

6. ランブル・ケイブは本当に怪しげだった。

セントラルパークが最初に建設された20世紀の初期、ザ・ランブルの近くに自然に形成された洞窟を発見した。予想通り、この洞窟(ザ・ランブル・ケイブ)は陰のある地下活動(文字通りと比喩的に)に利用される場所となり、最終的には、市当局が両端をアスファルトで埋めてしまった。

7. かつて“カジノ”があった。

5番街と72丁目の交差点に近い公園の東側には、子供用遊び場があるが、ここはかつて「セントラルパーク・カジノ」だった。ただ、「カジノ」はイタリア語から転用された言葉で、「小さな家」を意味する施設で、ギャンブルでは無かった。

この場所は“レディース・リフレッシュメント・サロン”として指定されていて、ランブル・ケイブのような場所だった。当時は、そのようなニーズが容認されていた。しかし、その後、“禁止法”が成立し、男性と女性の両方をサーブする酒場とファンシーなナイトクラブになった。世界大恐慌が襲った時、あまりに高価だったこの店は、多くの反発を受け、1936年、ロバート・モーゼスによって破壊された。

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